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違法収集証拠(最判令和4年4月28日)その1

Yamamoto

違法収集証拠排除法則に関する判例として、最判令和4年4月28日を考察したいと思います。結論的には、賛成できない判例。最高裁らしいといえば、最高裁らしいけど。

事件は、覚醒剤自己使用。参考人(被告人Aから何度か覚醒剤を譲り受けたという内容)の供述、覚醒剤事犯に関するAの前歴等を根拠として、捜査機関が裁判官に令状2通を請求。1通は、覚醒剤譲渡を被疑事実とするA方等の捜索差押許可状、もう1通は覚醒剤自己使用を被疑事実とする強制採尿令状(条件付捜索差押許可状)です。裁判官の令状審査をクリアし、2通の令状が発付。

この令状に基づき、A方の捜索差押えを執行した際、Aのろれつが回らない等の様子から、警察官は覚醒剤自己使用の嫌疑を深め、Aに任意採尿を促したものの、Aがこれを拒否したり不正な行為をする様子が見られたりしたため、強制採尿令状に基づき、強制採尿を実施。結果はクロ。予想どおり。

この事実関係だけだと、何が問題なの??という気がするかもしれません。本件のどこに問題があったかというと「強制採尿令状の発付が違法であった(=発付されるべきではなかった)」というところです。

強制採尿ができるのは、「被疑事件の重大性、嫌疑の存在、当該証拠の重要性とその取得の必要性、適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、犯罪の捜査上真にやむをえないと認められる場合には、最終的手段として、適切な法律上の手続を経てこれを行うことも許され〔る〕」とされています。強制採尿令状に関する重要なリーディングケースである最決昭和55年10月23日が挙げる規範です。

この要件のうち、本件で満たしていなかった要件は2つ。

1つは、覚醒剤自己使用の嫌疑が不十分だった点。参考人の供述が存在したわけですが、令状請求の時点で参考人への譲渡から3か月以上経過しており、この時点においてもなおAが覚醒剤を取り扱っているかどうかは不明であったこと。さらに、仮にAが覚醒剤を取り扱っていたとしても、自己使用をしているかどうかはさらに不確実であったわけです。そのため、強制採尿令状を発付するに足りるだけの嫌疑が不足していたことになります。

もう1つは代替手段の不存在の点。

強制採尿は、嫌がっている被疑者を病院のベッドに押さえつけて、下半身を露出させ、強制的に尿道にカテーテルを突っ込み、被疑者としては死んでも出したくない尿を無理矢理に採取する強制処分です。その屈辱感たるや、想像するだけでもすさまじいわけです。強制採尿は人権(人格権)侵害が大きすぎるとして、令状発付があっても許されないとする学説もなお有力です。なので、強制採尿が許されるのは、被疑者に任意採尿を求めても拒否された場合において(=昭和55年決定にいう「代替手段の不存在」)、真にやむをえないと認められる場合に限り、最終的手段として、裁判官に強制採尿令状を令状してもらった上じゃないといけないというのが判例の立場です。

本件では、強制採尿令状の請求に先立って、警察官がAと接触して任意採尿の説得をするなどは一切しておらず、いきなり令状請求に走った事情があったわけです。令状請求の際の疎明資料である捜査報告書には、「Aが自ら覚醒剤を使用している蓋然性が高いこと、Aが過去に4回任意採尿を拒否して強制採尿が行われた経緯があることからすると、Aが任意採尿に応じる可能性は極めて低く、過去に強制採尿令状の請求準備中に逃走したことがあったこと」が記載されていました。しかし、本件に関してあらかじめ任意採尿を求めた事実はなかったので、「代替手段の不存在」に関する事情は疎明資料に記載されていません。

疎明資料に虚偽の記載をしたわけではなく、警察官としては、強制採尿令状発付の要件を満たすと考えてありのままを記載しています。警察官に悪気はなかった。こいつはクロだ、という正義感に燃えていた。「任意採尿を求めてもどのみち拒否されるだけだから無駄だ。」「逃したくないからあらかじめ令状を取っておきたい。」という気持ちもすごく理解できます。

でも、事前にAに任意採尿を求めた事情がなかったので、結果的には、強制採尿令状の請求に向けて準備した疎明資料は不十分なものだったことになります。

本来なら、疎明資料が不十分であれば、「裁判官が令状発付しない」という結末が訪れることになります。令状裁判官が疎明資料の不十分さに気づくべきなわけですが、本件では令状裁判官もこの点を見逃してしまった。

令状裁判官の心の声としては、

「今日は令状当番か、めんどくさ~。ふむふむ。前科もたくさんで、密売人だから自分でもきっと覚醒剤を使っているだろうな。嫌疑十分。任意じゃ尿出さへんタイプの人間やな。疎明資料の補足には、『現場で警察官が任意採尿の説得を行い、やむを得ない場合に限り、強制採尿令状を執行する』と書いてある。なるほど、警察も慎重にやろうとしてるんやな。はいOK、発付。」

みたいな感じだったかもしれません。裁判官にも悪気はないものの、ミスしちゃったわけです。もっと慎重に令状審査すべきだった。

本件では、①捜査機関の疎明資料の不足と②令状裁判官の審査ミスの2つのミスが重なってしまったわけです。

問題点はこんなところ。

さて、1審ではどうだったかというと、強制採尿令状の発付を違法と判断したものの、捜査機関に令状主義を潜脱する意図はなく、重大違法はないとして、尿鑑定書の証拠能力を肯定。A有罪。

原審(福岡高判令和3年4月27日)は、強制採尿令状の発付を違法と判断した上で、尿鑑定書の証拠能力を否定。「捜査機関によるずさんな、また、不当に要件を緩和した令状請求があり、そこに令状担当裁判官のずさんな審査が加わって、事前の司法的抑制がなされずに令状主義が実質的に機能しなかったのであり、こうした本件一連の手続を全体としてみると、その違法は令状主義の精神を没却するような重大なものというべきである。そして、本件強制採尿手続に係る本件鑑定書等を証拠として許容することは、本件のような違法な令状が請求、発付されて、違法な強制採尿が行われることを抑止する見地からも相当でない」と判断しています。

検察官が上告。最高裁は、原審を破棄・自判し、Aは有罪。1審に軍配が上がりました。

最高裁は、原審と同じように、強制採尿令状を発付するに足りる嫌疑はない上、令状請求に先立って任意採尿の説得をしていない点で適当な代替手段がなかったとはいえないと判断しています。

そして、「(強制採尿)令状は、被告人に対して強制採尿を実施することが『犯罪の捜査上真にやむを得ない』場合とは認められないのに発付されたものであって、その発付は違法であり、警察官らが同令状に基づいて被告人に対する強制採尿を実施した行為も違法といわざるを得ない。」と述べています。

このように述べつつも、以下のとおり述べて原審をひっくり返します。

「しかしながら、警察官らは…ありのままを記載した疎明資料を提出して本件強制採尿令状を請求し、令状担当裁判官の審査を経て発付された適式の同令状に基づき、被告人に対する強制採尿を実施したものであり、同令状の執行手続自体に違法な点はない。…被告人に対する強制採尿を実施することが『犯罪の捜査上真にやむを得ない』場合であるとは認められないとはいえ、この点について、疎明資料において、合理的根拠が欠如していることが客観的に明らかであったというものではない。また、警察官らは…直ちに同令状を執行して強制採尿を実施することなく、尿を任意に提出するよう繰り返し促すなどしており…一定の配慮をしていたものといえる。そして、以上のような状況に照らすと、警察官らに令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったともいえない。

これらの事情を総合すると、本件強制採尿手続の違法の程度はいまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえず、本件鑑定書等を証拠として許容することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められないから、本件鑑定書等の証拠能力は、これを肯定することができると解するのが相当である。」

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