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令和5年度司法試験刑訴 その2(設問1【捜査②】)

Yamamoto

【捜査②】も結構にやっかいです。

まず、シンプルなスジから行きましょう。

Pが回収・領置したマークの付いた容器は、公道上に投棄されていたものです。

既に述べたように、領置の対象物には、(a)被疑者その他の者が遺留した物又は(b)所有者、所持者若しくは保管者が任意提出した物の2つがありますが、【捜査②】は、甲は空の容器を公道上に投棄していますので、前者の(a)のほうといえます。

いわゆる「ごみ」に当たるわけですが、領置の上記の性質(占有取得の過程では強制力を用いないという性質)にかんがみ、221条にいう「被疑者その他の者が遺留した物」とは、遺失物(自己の意思によらずに占有を喪失した物)のみならず、自己の意思によって占有を放棄、離脱させた物(つまり、捨てた物)も含と理解されています。

そして、甲がその意思に基づいて投棄した以上、マークの付いた容器は「被疑者その他の者が遺留した物」に当たることになりそうです。

このように考えると、後は第2ステップ(比例原則)の問題になります。

ただ、よく考えてみると、第1ステップをクリアさせていいのかについては、疑問も残ります。関連判例として、東京高判平成28年8月23日があります。

裁判例は、警察官が、身柄を拘束されておらず、相手が警察官であることを認識していない被告人に対し、DNA型検査の資料を得るため、紙コップを手渡してお茶を飲むように勧め、そのまま廃棄されるものと考えた被告人から同コップを回収し、唾液を採取したという事案です。

裁判例は、捜査機関が紙コップに付着した唾液を採取した行為は、「強制の処分」(197条1項ただし書)に当たり、領置としても違法であると判断しています。

紙コップがそのまま廃棄されるものと思い込んでいたと認められる被告人の錯誤に基づいている点で、合理的に推認される被告人の意思に反するとして、意思の制圧を認めています。その上で、DNAを含む唾液を警察官らによってむやみに採取されない利益(個人識別情報であるDNA型をむやみに捜査機関によって認識されない利益)は,重要な権利利益であるとして、「強制の処分」と判断しています。

領置に関しては、紙コップがそのまま廃棄されるものと思い込んでいたと認められる点で、

(b)「所有者、所持者若しくは保管者が任意提出した物」に当たらず、紙コップがそのまま廃棄されるものと思い込んでいたと認められる被告人が錯誤に基づいて占有を警察官らに委ねた物であって、(a)「被疑者その他の者が遺留した物」にも当たらないと判断しています。

判例は、(a)(b)の両方に当てはめていますが、素直に考えると、両者は、

(a)遺留物:「A→(遺失or投棄)。遺失物or投棄物をKが回収」

(b)任意提出:「A→K」(直接の占有移転)

と区別できそうですので、判例の事案は、(b)任意提出のパターンでしょうか。

任意提出にいう“任意”とはその意思に瑕疵があってはならないと考えると、被告人の錯誤を利用した紙コップの回収は、任意提出とはいえないといえるでしょう。

そして、意思に瑕疵がある点で、実質的には意思に反するといえ、被告人の意思に反して紙コップの占有を移転しているので、「強制の処分」に該当するといえそうです。

なお、裁判例は、強制処分該当性にいう重要な権利・利益を「DNAを含む唾液を警察官らによってむやみに採取されない利益」と捉えています。

ただ、前述の差押えと領置の分水嶺の理解からすれば、

任意提出(領置)=「意思に基づく占有移転」

強制処分=「意思に反する占有移転」

という棲み分けが可能と考えられますので、あえて「DNAを含む唾液を警察官らによってむやみに採取されない利益」を持ち出さずとも、「占有移転(占有侵害)」を捉えることで強制処分性を肯定することができるのではないかと考えられます(あくまで私見。だってそうしないと、DNA採取目的での公道上のごみの領置の場合、相手方の意思に反し、DNAをむやみに採取されない利益を侵害するとして強制処分に当たってしまいかねませんが、その結論は妥当とはいえません。)。

以上の検討からすると、結論的な面でいえば、裁判例の理解は妥当といえそうです。

では、この裁判例と比較した場合、本問はどうでしょうか。

裁判例の事案と本問の違いとしては、①捜査機関の働きかけの程度の差、②任意提出物なのか遺留物なのか、という点に違いがありそうです。

まず、両事案とも、捜査機関という立場を秘している点では共通します。しかし、①捜査機関の働きかけの程度の差として、判例の事案では、捜査機関はDNAを採取する目的で、積極的に紙コップ入りのお茶を飲ませているのに対し、本問では、甲は炊き出しの豚汁を食べる意思をもともと持っている点で、捜査機関の働きかけは消極的といえそうです。

ただ、この働きかけの強弱が、領置該当性(同時に強制処分該当性)に有意差をもたらすかといわれれば、消極に考えられそうです。

強制処分該当性の判断は、被処分者の権利・利益に対する制約(いわば、結果無価値)にのみ焦点を当てて考えます。捜査機関の働きかけの程度が異なるとしても、それは基本的には行為無価値の問題です。捜査機関の働きかけが「相手方の意思に反するかどうか」に影響は与え得るといえますが、両事案とも結局のところ、瑕疵ある意思に基づくもので、本問でも、豚汁入りの容器を渡そうとする者が警察官であることを甲が知っていれば、これを拒んであろうと考えられる点では、判例の事案と異ならないといえそうです。

このように考えると、①捜査機関の働きかけの程度の違いは有意差をもたらさなさそうです。

次に、②任意提出物なのか遺留物なのか、という点を見てみます。これはさきほどのシンプルなスジと関連しそうです。

本問の事案:(a)遺留物:「A→(遺失or投棄)。遺失物or投棄物をKが回収」

裁判例の事案:(b)任意提出:「A→K」(直接の占有移転)

裁判例の事案では、「意思に反する占有移転」であるので、領置に該当せず、強制処分に当たることになります。

一方で、本問の事案では、捜査機関による占有回収までの間に、(遺失or投棄)が介在しています。そして、その(遺失or投棄)が実質的には意思に反するものであったとしても、相手方の占有がもはや及んでいないとして、常に領置が可能と考えるべきなのか、という点が問題になりそうです。

これについては、常に領置が可能と考えるのには胸騒ぎを覚えます。

というのも、捜査機関が相手方から直接交付を受ける場合と、捜査機関が相手方にいったんごみとして投棄させてその直後にごみを回収する場合とでは、やっていることはほぼ変わらないといえるのに、後者の場合にのみ常に領置可能という結論は妥当とはいいがたいといえます。また、捜査機関が相手方にいったんごみとして投棄させ、その直後にごみを回収する場合は、実質的には相手方から捜査機関に直接の占有移転があると評価できるともいえそうです(刑法の場面ですが、相手を騙して捨てさせた物を後で拾得する場合、直接交付を受ける場合と同視して、1項詐欺罪を成立させるという理解がありますね。それと似た発想です。)。

そうすると、②任意提出物なのか遺留物なのかという点も有意差をもたらさなさそうです。

以上からすれば、本問の事案でも、裁判例と同様に、甲が公道上に投棄した空の容器は、(a)「被疑者その他の者が遺留した物」にも、(b)「所有者、所持者若しくは保管者が任意提出した物」に当たらず、領置として違法と考えることができます。

個人的には以上のスジに共感を覚えます。

ただ、瑕疵ある意思に基づくとはいえ、一応は相手方の意思に基づいて、占有が放棄・移転されていることを重視すれば、裁判例とは逆のスジ(前述のシンプルなスジ)も成り立ち得ると思われます。

このスジで行くならば、領置の該当性を肯定し、あとは比例原則を適用することになります。

前述のとおり、本件事件は、住居侵入、強盗殺人未遂という重大犯罪であり、甲に対する嫌疑は高いといえます。そして、マスク内側に付着した血液のDNAと整合すれば、甲の犯人性が決定的となる点で、甲のDNAを採取する必要性は高いといえます。これに加え、炊き出しの参加者が多く、甲が使用した容器のみを選別することは困難であったので、【捜査②】の手段を採るべき必要性(及び緊急性)は高いといえます。

一方で、Pが回収したのは、マークが付いた甲が捨てた容器だけであって、他の参加者のプライバシーに対する制約はないといえること、瑕疵ある意思に基づくとはいえ、甲が自身の意思で投棄したものである点で、プライバシーに対する要保護性が弱まってるということができます。

以上からすれば、甲が使用した容器を回収し、領置する必要性(及び緊急性)は高い反面、甲に対するプライバシー制約は合理的均衡を保っており、適法といえるでしょう。

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