ブログ

令和5年度司法試験刑訴 その1(設問1【捜査①】)

Yamamoto

領置の適法性を問う問題です。領置については、平成22年に出題されており、平成22年の過去問をやっていれば比較的有利だったように思います。過去問もあるから楽勝かな、と思いきや、よく考えるとかなり難しい問題をはらんでいるように思います。

う~ん、難しい…ですが、見ていきましょう。

平成22年度は、捜査の適法性という抽象的な問いかけでしたが、本問は、真正面から領置の適法性が問われています。とはいえ、検討手順が変わるわけではないです。

まず、領置に関する前提理解から。

領置(221条)は、一般に押収の一種であると理解されています。押収の典型といえば差押えですね。差押えについては原則として令状(憲法35条1項、法218条1項前段)が必要となりますが、領置については、令状は不要とされています。

領置に令状が不要な理由は、捜査機関による占有取得過程に強制的要素がないからと理解されています。つまり、差押許可状の要否は、占有取得過程に強制的要素があるか否かによって区別されることになります。

そして、領置の適法性判断は、

①対象物が「(a)被疑者その他の者が遺留した物又は(b)所有者、所持者若しくは保管者が任意提出した物」に該当するか否か

これに該当するとしても

②それを領置することが適法か否か(比例原則)

という枠組みで判断されます。②については議論がありますが、一応、比例原則にかけるという理解を前提とします。

本問では、甲が投棄したごみ袋を大家が任意提出しており、上記①のうち、(b)にあたるかどうかが問題となります。

「大家から任意提出を受けて領置した」と問題文にあり、形式的には大家による任意提出がなされています。

もっとも、領置に令状が不要な理由は、占有取得過程に強制的要素がないからという点にありますので、単に形式上、大家が任意提出したという事実があるだけでは適法になるわけではありません。対象物に排除すべき何者かの占有が残っている場合には、領置は認められず、原則として差押許可状を要することになります。

つまり、本問でいえば、対象物に対する占有が大家のみに帰属しているかどうか。大家のみに占有が帰属しているといえるのであれば、①を満たします。逆に、大家の占有に加えて別の第三者の占有も及んでいるといえる場合には、大家だけがその意思で任意提出したとしても、当該別の第三者の占有を排除する必要が出てくるため、①を満たさないことになります。

文言解釈としては、大家のみに対象物の占有が帰属している場合には、大家が「所持者若しくは保管者」に当たることになり、大家以外の別の第三者の占有も及んでいる場合には、大家と当該別の第三者が足並みを揃えて任意提出する場合であれば、大家と当該別の第三者を併せて「所持者若しくは保管者」に当たることになります。

本問では、甲が投棄したごみ袋が置かれていた場所の性質に対する考察が重要になってきます。公道上のごみ置き場に置かれているごみ袋の場合と異なり、甲が投棄したごみ袋が置かれたごみ置き場はアパートの敷地内にあります。

本問では、最終的には公道上のごみ集積所に搬出されることが予定されているという事情がありますが、本問では、公道上のごみ集積所に搬出される前段階において、Pがアパートの敷地内に置かれたごみ袋について、大家から任意提出を受けていますので、アパートの敷地内のごみ置き場の場所の性質を検討する必要があります。

一般的に、アパートの敷地内のごみ置き場は、それが敷地内に存在することからして、アパートの居住者(ごみを捨てた居住者)や大家(管理人)の占有が及び得る場所といえます。

本問の場合は、甲が投棄したごみ袋につき、(ⅰ)大家の占有のみが及んでいるか、それとも(ⅱ)大家の占有と甲の占有とが重畳的に及んでいるかが問題となります。

これについては、本問では、同アパートの運用が存在します。すなわち、大家が居住者に対してごみ置き場に捨てるよう指示し、大家はごみの分別を確認して公道上にあるごみ集積所に搬出することについて、あらかじめ居住者から了解を得ているという運用です。

この事情を重視すれば、居住者がごみをごみ置き場に捨てたことで、ごみに対する居住者の占有は失われ、(ⅰ)大家の占有のみが及んでいると考えることができるでしょう。

一方で、同アパートの運用があるとしても、大家が公道上にあるごみ集積所にごみを搬出するまでの間は、なお居住者(ごみの投棄者)の占有が、大家の占有とともに重畳的に及んでいると見ることも可能でしょう。

上記運用に従った履行(大家がごみの分別を確認して公道上のごみ集積所に搬出するという履行)がされる限りにおいては、甲を含む居住者はその出したごみに対する占有を放棄したといえるとしても、上記運用に従った履行がされない場合には、なお出したごみに対する占有を放棄していないと考える余地もありそうです。

参考判例として、東京高判令和3年3月23日があります。

同判例は、浮浪者風に変装した警察官が、マンション敷地内にある本件ごみ集積場に立ち入って被告人が出したごみ袋を回収した事案につき、「被疑者その他の者が遺留した物」にあたらず、領置は違法であると判断しています。

この事案における本件ごみ集積場は、本件マンションの駐車場にあるところ、居住部分と独立し、屋根及び正面には施錠設備のない引き戸があり、残る三方はブロック塀で囲まれている事情があり、公道上のごみ置き場とは一線を画するものです。

そして、本件マンションの管理業務をX社に委託されている事情を前提に、「ごみが本件ごみ集積場に搬入された時点で、本件ごみ集積場を管理しているX社の物理的な管理支配関係が生じたとみる余地もある。」として、「警察官によって回収された時点では、なお被告人及びX社の重畳的な占有下にあった」と判断しています。

この判例と同じように重畳的な占有を肯定する考え方をするならば、本問でも(ⅱ)大家の占有と甲の占有が重畳的に及んでいると考えることも可能でしょう。

いずれの理解もあり得るところだと思いますので、占有に対する分析をきちんとしていれば、いずれのスジでもOKでしょう。

答案政策上は、点数をこぼさないために比例原則を書いておくインセンティブが働くので、【捜査②】で比例原則を書くことができるのであれば、【捜査①】は、甲の占有も及んでいるとして、強制処分(領置に非該当)というスジをとればよいでしょう。

そして、後者のように、甲の占有も重畳的に及んでいると考えた場合には、甲の占有を排除する必要がありますので、差押許可状(218条1項前段)が必要となり、領置として行うことは認められませんので、【捜査①】の領置は違法となります。

一方で、前者のように、大家の占有のみ及んでおり、大家が「所持者若しくは保管者」に当たると考える場合には、①の要件を満たします。

この場合でも、第2ステップとして、②それを領置することが適法か否か(比例原則)が問題となってきます。

領置の際に令状を要しないとしても、それが相手方の権利・利益を侵害しまたは侵害するおそれがあるといえる場合には、任意処分における比例原則と同様に比例原則を適用すべきではないかという問題意識です。

排出されたごみについて、プライバシーの利益がもはや存在しないとして比例原則を適用せずに一律に適法とする考えもあります。

しかし、ごみとして捨てた以上、本人の意思として、焼却処分してもらってよいという意味で、物に対する財産的利益を放棄したものであることは疑いないとしても、だからといって、他人に(とりわけ捜査機関に)ごみの内容を確認・調査等されることまでは容認してはいないというのが一般的な感覚なのではないかと思われます。その意味で、ごみについて残っているプライバシーの利益はゼロであるとは考えづらいといえます。

このように考えると、たとえ自身の意思で捨てたものだとしても、それは財産権を放棄したにとどまり、みだりに他人にその内容を見られることはないという期待を有する点で、ごみに対するプライバシーの利益ないし期待が存在すると考え、比例原則を適用する前提条件が存在することになります。

比例原則のあてはめにおいては、個別具体的な事案において、必要性の程度と権利・利益の制約の程度を総合考慮することになります。

本件事件は、住居侵入、強盗殺人未遂という重大犯罪です。そして、Vの供述、コンビニの防犯カメラ映像及びガソリンスタンドの防犯カメラ映像からして、甲に対する嫌疑は高いといえます。そして、犯人が犯行直後に証拠隠滅行動に出ることはよくありますので、甲が事件当日に捨てるごみの中に、犯行に用いた物件や当時の着衣など犯行に関連する物品が含まれている可能性が相応に高いといえ、甲が捨てるごみの証拠価値は高いといえます。

そうすると、必要性(及び緊急性)は高いといえるでしょう。

一方で、Pが大家から任意提出を受けたのは、甲が捨てたごみ袋だけであって、他の居住者のごみ袋が含まれていない点で、第三者のプライバシーに対する制約はないといえること、長期間にわたってごみの回収を行ったわけではなく、1回きりの行為であることからして甲のプライバシーに対する制約も大きくないといえます。

以上からすれば、甲が捨てたごみ袋について任意提出・領置を受ける必要性(及び緊急性)は高い反面、甲に対するプライバシー制約は合理的均衡を保っており、適法といえるでしょう。

記事URLをコピーしました